ヒステリック文法

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「ハローエブリワン、ハーワーユー」
「「「ファイン、センキュー、アンドユー?」」」
「ファインセンキュー、シッダンプリーズ」
これが中学の英語のお決まりの出だしであった。
みんなで挨拶するから、自然と、ゆっくりはっきり一語一句しっかり声をそろえてこの呪文を唱えたのだった。当時からこの儀式になんの意味があるのか疑問だったが、後になって「I'm fine thank you, and you?」はあまり使わない、という話を聞いて、なおさら憤りを感じるのであった。

その英語教師は「わたしの名前は麻美(仮名)だからサミーって呼んで」と自ら言い出し、授業中も自分のことをサミーと呼ばせていた。何だろう、英語教師は英語っぽいあだ名をつけるとよい、みたいなことが指導要綱に書いてあったりするのだろうか。教師を堂々とあだ名で呼べるのは楽でもあったが、まあ狂っているなと思っていた。
サミーはおそらく40くらいの女性で、口紅が濃く、おかめみたいに口をすぼめて笑うのであった。カッと怒りやすく、また機嫌が悪いと授業が進まない。クラス内が嫌な雰囲気のまま時が過ぎるのを待つだけである。
今になって思うが、もしかしたら彼女は「大人の女性の色気」みたいなものを出そうとしていたのかもしれない。あの拗ね方といい、ねっとりした笑い方といい、本人としてはフェロモンを出しているつもりだったのかもしれない。中学生になにをしてるんだとも思うし、実際の好感度は最悪だったので、どういうつもりだったのかはもはや分からないが。

とある放課後、夕暮れ時の教室で、私は友達と3人で他愛もないおしゃべりに興じていた。なんとなしにサミーの話題になり、軽口を叩いて和気藹々と笑っていたところに、突然教室のドアがバーンと開けられた。
「あんたたちーッ!今私のことをーッ!ヒスって言ったでしょーッ!!」
なぜかそこには怒り狂ったサミーがいたのである。
突然怒鳴りこまれては戸惑うのも当然であるが、それ以前に、我々はサミーについて「ヒス」「ヒステリー」といった言葉は使っていなかったのである。というより、「ヒス」という言葉を知らなかったのである。
「ヒスって言ったでしょォォッ!」
しかし軽口を叩いていたのは事実であるし、「ヒス」が何かはよく分からなくても、なにかの悪口が偶然聞こえて怒っているということは確かなのだろう。我々は怯え、半分涙目になりながら謝罪し、なんとかその場を逃れたのであった。
後に「ヒス」「ヒステリー」の意味を調べると、「俗に、病的に興奮して感情を統制できず、激しく泣いたり怒ったりする状態。」とある。おい。まさにヒステリー状態だったではないか。

ところでこういう先生はもしかして珍しくないのだろうか。カラスヤサトシの漫画にも、色気をアピールしつつちょっとしたことで怒り狂うという先生の話が出てくるし、「鈴木先生」という漫画はフィクションだが、同じようなキャラクターが出てくる。
今思い出しても、小学校や中学校には珍妙な先生がたくさんいたが、気分で生徒を振り回すのは本当に勘弁してもらいたいものである。